揚げ物

 大学に入学した時に、初めて親元をはなれた。
 学校から紹介された下宿は、古びた一軒家だった。実際に使うのは、二階にある自分たちの部屋、踊り場に無理やりこしらえた小さな台所、一階のお風呂とトイレだけだった。二階には二部屋しかないため、下宿人も当然二人。私と大学院の一年生で私よりも4つ年上の先輩。
 田舎から出てきたばかりで、生まれて初めての一人暮らし。不安で一杯だった私に、先輩は優しかった。いつの間にか、私たちは食事も一緒に食べるようになっていた。
 日曜日のお昼だったと思う。冷凍のフライドポテトを食べようということになった。先輩に言われ、油で揚げようとしたが、冷凍庫から出したそれは、霜でおおわれていた。料理に疎い私でも、このまま油に入れてはいけないような気がして、油鍋の前でぐずぐずしていた。すると、それまで部屋に居た先輩が、突然、目を三角にしてやってきて、私から霜だらけのフライドポテトをひったくると、かなり高温になっていた油鍋に放り込んだ。そのとたん、小さな油鍋から天井に届くほどの火柱がたったのだ。あまりのことに、二人とも茫然とただ火柱を見ていた。『あぁ、火事になるのかなあ。』
 その後どうやって鎮火したのか覚えていないが、運良く火事にはならずに済んだ。
 この時の火柱がトラウマになり、しばらくは揚げものができなかった。もちろん、今でも揚げ物をする時は、細心の注意を払う。